東都紙器ジャーナル

東都紙器ジャーナル

打ち抜きひとすじ40年!熟練職人の技術。

化粧箱の制作工程において打ち抜きはなくてはならないものです。打ち抜きとは、印刷された用紙にエンボス、箔押し、プレスコートなどの表面加工を施した後、箱のデザインをもとに作成した抜型で用紙を箱の形に打ち抜く作業です。

東都紙器には、打ち抜きの作業を全自動で行う「自動平盤打抜機」と用紙を1枚毎に手でセットして打ち抜きを行う「ビクトリア打抜機」の2種類があります。ビクトリア打抜機を使うことで小ロットのものや特殊な紙箱の製造に対応することができます。

勤続40年以上、「打ち抜き」ひとすじで技術を極めた山岸視郎(やまぎし しろう)氏は、このビクトリア打抜機を自在に使いこなす日本でも数少ない職人の一人です。


ビクトリア打抜機を使うには、まず箱のデザインにしたがって作られた雄型と雌型の抜型を機械にセットします。

写真上側の雄型の刃で用紙を打ち抜き、下側の雌型で箱の折れ線に丸みを付けます。


セットした抜型の雄型と雌型の間に用紙を差し込んで打ち抜きを行い、機械より取り出します。

すると用紙が箱形の形状にきれいに打ち抜かれます。

写真のように用紙に切れ目を入れるには、ビクトリア打抜機の圧力を調整する必要があるのですが、強く圧力をかけすぎると用紙を切る刃が鉄板に強く当たって劣化してしまいます。反対に弱すぎると用紙の切れ目にムラがでたり、折れ線がしっかり出なかったりして品質が低下してしまいます。このギリギリの調節を紙箱の紙質や形状に合わせて100分の1ミリの単位で行うが職人の技術なのです。

そんな熟練職人の山岸氏に入社時の思い出や仕事への考え方を聞きました。

――入社した当時、東都紙器はどんな様子でしたか?
山岸氏:当時は会社の寮が隣接していて、若い社員は寮に住み込んで働いていました。みんな同じくらいの年齢だったので、休みの日もワイワイと遊びに行ったり、飲みにいったりして楽しかったですね。

――最初から打ち抜きの作業をやっていたのですか?
山岸氏:入社当初は見習いとしてムシリ作業(用紙を打ち抜いた後に残る不要部分の除去作業)をしていました。そのあとは打ち抜きの基本的なことだけ教えてもらい、それ以外は自分で日々試行錯誤しながら技術を身に着けました。先代の社長がよく言っていたのが「細工は流々仕上げは御覧じろ」ということわざです。もともとはやり方はどうであれ、結果を見てくれという意味なのですが、先代としては「完璧な成果を出すために、ひとりひとりが考えて仕事をしなければいけない」ということが言いたかったのだと思います。だから私も教わった基本をもとに、試行錯誤をして技術を磨いてきました。

――東都紙器で働いていて一番嬉しかったことは何ですか。
山岸氏:仕事の質の高さを認めてもらえるのが一番嬉しいです。若いころは納得がいく成果がでなくて夜遅くまで試行錯誤していた時もありました。ひとりで残業しているのを不憫に思ったのか、社長が自らラーメンを作ってふるまってくれたこともあります。あの時のラーメンは本当においしかったですね。

――仕事をするうえで心掛けていることはありますか。
高品質な紙箱を迅速に提供するために何をすればいいのか、日々考えながら仕事をしています。いくら高品質な紙箱を作っても時間がかかってしまうと価値が下がるからです。そして自分の技術力を向上させるために、周囲の意見に耳を傾けることを心がけています。自分が壁にぶち当たってしまったときに上司のちょっとしたアドバイスを手掛かりにして解決できることもよくあるからです。40年以上の経験がありますが、今でも日々勉強の毎日です。

このように山岸氏から改めて話を聞くと、長く勤めてくれる社員によって東都紙器は支えられていると実感します。今後も東都紙器ではより働きやすい職場づくりに邁進していきたいと思います。

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